冬支度」 松尾真


8月22日、13回目の栄村訪問。今回は、栄村で大学の授業(地元学ワークショップ)を
行うこともあって、30日まで9日間の滞在。今まででいちばん長い滞在になる。
初めての訪問が昨年(2005年)の8月下旬で、栄村を訪れはじめてちょうど満1年になる。
栄村を知った当初から、「冬の雪の季節を体験しなければ、
栄村をわかることはできない」と言われていた。
そこで、冬・雪を体験することはもちろんのこと、
とにかくすべての季節を体験しようと思い、月1回のペースで訪れてきた。
4月末からの連休期間に1週間訪れたときは、田畑にまだ雪が残っていた。
5月31日〜6月3日のときは、平地部にはもはや雪もなく、各所で田植えが進んでいた。
それでも、青倉の水路の水かけ口の近くはまだ30cmほどの雪に覆われていた。
7月1日にも野々海でまだ残雪が見えた。
8月下旬、栄村も日中は気温が30度を超える。

さて、23日の朝、宿泊先の旅館で朝食を終えてお茶を飲んでいると、
旅館の若女将が一人の年配の男性と仕事の打合せを始めた。
その話を耳に挟んだ私は大いに驚いた。"雪囲い"の
修理の話なのだ。つまり、冬支度の作業である。
その日の昼前、私の勤務する大学の学生が色々とお世話になっている、
旅館のすぐ近く(1軒おいて隣)の洋品店
"かねく"さんのご主人・福島博さんを訪ね、お話した。
旅館での"雪囲い"のことを話題にすると、"かねく"さん曰く、「そうだね、お盆を過ぎたら、
冬支度を始めないと駄目だね。手を抜いていると、
あっという間に冬が来て、準備が間に合わなくなる。」

私は、ガーンと頭を殴られたような思いになった。
「ついこのあいだ、雪が消えた」と、私は思っていたのに、
もうつぎの雪に備える準備が始められるのだ。
そして、思った。「雪国って、こういうことなんだなあ」と。
私の思いを正直に言おう。昨冬の雪はたしかにすごかった。
でも、地元の人たちは、「降雪量自体は例年と変わらなかったんだよ。
ただ、例年よりもひと月近く早い12月中旬にいきなりドーンと積もったんで、
大変だったんだ」と言っていた。
また、栄村には雪害救助員制度など、他の市町村にはない雪害対策のシステムがあって、
屋根の雪掘りが出来ず、人が現に住む家が潰れるとか、
高齢者が一人で屋根の雪下ろしをやっていて事故の遭い、
亡くなるというようなことはなかった。だから、
「平成18年豪雪」と命名された豪雪について、1月の始め頃、電話で話した村長が、
「いやあ、大丈夫だ。ただね、雪害というやつは、
水害なんかと違って、じわじわとくるんだ」と言うのも、
素直に受けとることができた。そして、遅くはあるが確実にやってきた雪解け・春、
そして夏を迎えて、私は「雪はずっと先のこと」と思い、
雪との格闘の日々を完全に忘れ去っていたのだ。
そのとき、突きつけられたのが、「もう冬支度を始めなければ」という話なのだ。

そうなのだ。栄村は12月中旬頃から根雪が始まり、早くても4月半ば頃までは根雪が残る。
1年の半分近くが雪に覆われる。
そして、その雪の季節に対応するために8月下旬には準備を始めなければならない。
雪のことを「忘れられる」のは、ほんの数ヶ月だけなのだ。
そして、また、雪に覆われた世界がやってくる。
これが、毎年、毎年、繰り返されるのだ。なんだか、ものすごい圧迫感が私を襲ってきた。
そして、「ああ、これが雪国ということなんだ」と気づき、
わずか1年、栄村の四季の巡りをひととおり体験して、
栄村のことを少しはわかった気になっていた自分の浅はかさを痛く反省したのであった。
私は昨年、11月だけ栄村を訪れることができず、「山が真っ赤に燃える」という栄村、
とくに秋山の紅葉を見ることができなかった。「今年こそは紅葉を見たい」と思っていたが、
紅葉の深まりとともに、地元の人たちが進める冬支度の様子をこそ知らなくちゃならない。いまは、
今秋の栄村訪問の課題、しかも非常に大事な課題が課せられた、と思っている。


* 雪囲い:窓の外を板で囲う。これをしておかないと、
2階の高さに達するほどまでに積もった雪の圧力が窓にもろに加わり、雪が窓を突き破ることがある。
それを防ぐためのもの。写真@のように窓の両側に板をはめ込む金具が設置されている。
雪の季節が近づくと、ここに写真Aの板をはめ込む。雪囲いされた窓の様子を示したのが写真B。

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