村の重鎮・Tさんとのやりとり

2日の、もう夕方6時近くだった。Aさんの車庫
の前で、軽トラから作業道具などを下ろしている
と、Tさんがやはり軽トラで通りかかり、声をかけ
てきた。

「先生、どうだった? 疲れたろう?」
「いや、それほどでもないです」
「痩せ我慢かい?」

Tさんは、青倉集落の「おやじさん」の中心人物の一
人。村全体でもリーダ格の一人である。
まあ、僕の答えもけっして嘘ではないが、「痩せ我慢か
い」というのも真実を衝く突っ込みだったと言えようか。


●「先生、明日、ここを自分でやってみっかい?」

青倉の受託作業班の田植えが6月1、2、3日に行われる
ことに決まり(29日の作業班の夜の寄合にて)、31日の
午後、JさんとSさんが苗運びと田の水見に行くのに、つ
いて行ったときのことだ。
西山田団地のいちばん下の位置にある田んぼで、Jさんに
突然言われた。

「先生、明日、ここを自分でやってみっかい?」

僕の想定外のことだったが、「はい」。ついつい、そう答えた。
「じゃあ、後から俺んちの機械を取りに行こう」。
歩行型田植え機への挑戦が、あっという間に、決まった。
苗運びが終わると、Jさんの農機具庫へ。
機械を覆う青いシートが外され、田植え機が姿を現す。
その場であったか、田んぼに持っていってからだ
ったか、もう覚えていないが、「ここを、こう入れ
ると、機械が進む。こっちが田植えの操作。曲が
るときは、このハンドルを掴んで……」。Jさんが
説明してくれた。
でも、バイクもクルマも運転したことのない僕。
そんなことをサッーと説明されても、チンプンカ
ンプン。
「まあ、こっちの田んぼをMa君がやるから、ま
ずはそれを見学して、それから向こうの田んぼを
先生がやんなよ」。



●「M、おまえの機械は初め、重ね植えになるんかい?」

さあ、いよいよ1日、田植え初日。
「重ね植えになるんかい?」云々は、8時からの
作業の後、9時半か10時頃の中休みのときのMi
さんの言葉。Maさんへの質問だ。
Miさんは、この日、機械(新規購入の乗用型4条
田植え機と歩行型の2条田植え機)で田植えした
後の「手直し」(=機械で植えられなかった箇所の
補植などを行う)の担当。
この日、真っ先に歩行型で田植えした田んぼの
「手直し」をめぐっての発言である。

「えっ? どういうことですか?」
「どの列も、はじめの部分が重ね植えになっているよ」
「ああ、先生がやったところ。植え付けのレバー入れたんだけど、
前進しなくて」
「すいません、僕です」
「ああ、そうか(笑い)」

いやー、大変だった。
最初の列は、走行のレバーも入れたし、植え付け
のレバーも入れた。だが、植え付け部分をきちん
と地面につけて走行せず。機械は、ひたすら苗を
田んぼ上に置いていくだけ。Maさんが、「先生、
おりてないよ!」。注意してくれると同時に、僕が
ただ置いただけの苗を手で植えつけてくれる。
「あー、やってしまった!」
と思う間もなく、1列目の端に辿り着き、ターンし
なければならない。
植え付けのレバーを切り、左のハンドルをギュッと
握って、必至でターン。このときの脚の運びが難し
い。機械を回しながら、先に植えた苗を踏まないよ
うに、跳ぶように足を運ぶ。
機械はなんとかターンした。しかし、次に進む列に
うまく入るには、ターンした機械の位置を少し左に
動かさなければならない。これは半ば力わざ。最初
の進行のときに、機械の左の車輪が付けた筋跡に、
機械の左車輪が入るように、必至で調整。

でも、ここからは、苗がきちんと植わり、なん
とか最後に列までいった。

田植え機はエンジンで走行するから、進行中は
左車輪の「筋跡」から外れないように注意すれ
ばいいだけ。格別の力は要らない。でも、ハンド
ルを握る手にはギュッと力が入りっ放し。
途中で、そのことに気がつき、手の握りの力を
ぬいた。「おう、力を入れなくても、きちんと進
むじゃないか」。
でも、気づくと、また力が入っている。

とにもかくにも、何列分だろうか、縦方向の植え
付けは「無事に」終わった。
あとは、機械をターンさせる場所に出来た、いま
だ苗の植わっていない箇所(横方向になる)を植
えなければならない。ここで初めて、ギアを「後
退」にチェンジして、畦ぎりぎりのところまで機
械を後退させ、それから前へむかって進むという操作。
これも、なんとか出来た。

1枚の田んぼの植え付け終了。
Maさんが、「よく出来ていますよ」と言ってくれる。
でも、この項の冒頭に紹介したような始末。
まあ、素人が初めてやったのだから、「お許しを」。


●ビールに、大盛りカレー2杯

「先生、まんまは、俺ん家で喰ってゆけや」。
11時半頃に午前の作業が終わり、Jさんが声を
かけてくれた。
「まんま」とは食事のこと。
昼休みは1時まで。自分の家に帰って、食事の
準備をしていたのでは間に合わない。お言葉に
甘えることにする。

軽トラで山を下り、Jさん家に到着。
でも、ズボンはベト(「土」のこと)がべっと
り付いていて、このまま家に上がるわけにはい
かない。
「俺のズボンでいいかい?」
Jさんの玄関で田植え長靴を脱ぎ、ズボンも脱い
で、「昼飯用の服」に着替え。

さあ、昼飯しだ!
さすがに腹がへっている。
でも、ここで驚き。
いきなり出てきたのは大瓶のビールだったのだ!

「まあ、一杯(いっぺい)やんな」
「いや、僕、弱いですから」
「大丈夫、大丈夫」

たしかにウマイ! 朝はまだ小雨がぱらついてい
たが、9時過ぎからはよく晴れて、かなり暑かっ
た。ノドはカラカラ。
喉のごしのビール1杯。最高だ!
お茶やジュース類などでは、ノドの渇きはおさま
らない。

食卓にはすでに、色んな山菜の煮付け等々が出て
いたが、それはビールの「あて」のような扱い。
今日の昼飯はカレーだという。
けっこう山盛りの1杯が出てきた。それでも、ペ
ロッと平らげたが、ビールとカレーでもうお腹は
かなり一杯。

ところが、カレーのお替りを勧められる。

「田植えは、ごはん、いっぱい食べないと、出来ないよ」

Jさんの奥さんの言葉。

「じゃあ、もうかなりお腹いっぱいですから、ほんの少しだけ」

台所でお替りを盛って、奥さんが2杯目を運ん
できてくれた。
なんと、これが1杯目よりも多い、超大盛り。
「どうしようか?」 困ってしまったが、懸命
に食べる。
すると、不思議なことに、全部、お腹に収まっ
てしまった。
食事後、TVを見ながら横になって、20分ほど
休憩。
あっという間に、昼休みは終わり、再び軽トラ
で山の上へ。


●もう1枚、田植え

田んぼに着くと、Jさん、いきなり

「先生、この田んぼ、植えなよ」

この一言で、二度目の歩行型田植え機の操作を
することに。
今度は1度目のときのような大きなしくじりは
なしに、なんとかこなせた。

しかし、もうこのあたりで、腕から、腕の付け
根にかけて、なんとも言えぬだるさ。
もうこれ以上、機械を動かすのは無理というか、
御免というか……。
その後、何回か、「先生、やりますか?」と、
Maさんに声をかけられたが、「いや、いや、今
日はもう結構」。
ただ、ただ、苗運びと空箱の整理に専念した。


●もう体が自由に動かない

この日は4時半頃で終了。
自宅に帰り、作業着を洗濯機に放り込み、風呂
に入る。
単身居住の僕は、それから夕飯づくり。
まあ、大変な1日でした。
腕の付け根あたりに張りがある。
「明日、体が動くかな?」
不安とともに、10時頃には眠りについていた。


<2日目>
●意外と体が動く


目が覚めたのは5時前だったか。
起きてみると、意外に体は動く。
新聞も読み、朝飯も食べて、7時15分頃に家
を出た。


●「この田んぼは自分で」

この日は、心に決めていたことがあった。
「あの田んぼは、自分で植え、収穫まで全作業
をやる」と決めていた田んぼが、この日の作業
の始まり場所だったのだ。
機械は前日のうちに、軽トラでその田んぼの畦
に移動されていた。

張り切って、手助けを借りずに、全部、植えき
った。
補植も自分で。
1日目には「記念撮影」の余裕もなかったが、
今日はSさんに頼んで、「証拠写真」を撮って
もらう。

この田んぼ、なぜ、「自分でやる」と決めたのか?
理由は簡単。作業班が担当する田んぼの中でい
ちばん小さいのだ。
作業班田んぼ一覧表をみると、面積2.62a(2畝半)
とあるが、「内面積」(畦や法面を除き、実際に植
えつける場所の面積)はわずか0.92a。1畝もない
のだ。

ところで、ここは草が多いところだそうだ。

「まあ、これくらいだったら、手で草取りし
ても、そんなに大変じゃないよ」

作業班長のAさん。
たしかに僕もそう思う。
ただ、午後になって重大な事実が判明。この田、
水持ちが悪いのだ。
朝には水がけっこうあっても、午後にはなくなる
くらいだという。
これからの水管理が大変だ。


●腰にくる補植作業

この日は、上の1枚を機械で植えたのを除けば、
もっぱら「手直し」(補植)が仕事。
2日目には乗用型田植え機操作の名手、Hさんが
登場。
ほとんど植え残しなしで、ドンドン何枚も植えて
いく。
ときどき、それを見物しながら、補植作業。

これがかなりきつい。
昨日田植えされた田んぼを見てまわり、苗が浮
いている箇所や、苗が入っていないところを見
つけて、手植えで植えなおしていく。
田んぼを見ると、かなり真ん中の方に苗が浮いて
いたり、空白があったりする。
すると、その箇所まで、あの(←削除)ズブッ、ズブッと、
足をベト(田んぼの土)にとられながら、進ん
でいかなければならない。
これは本当にやっかいだ。

また、名手の人でも、「ごめん、1列、とばし
ちゃった」と言うことがある。
まっすぐの箇所ではそういうことは起こらない
のだが、周り部分や、曲がりくねった箇所を、最(改行)
後に植え付けるときに、そういうことが起こることがある。
乗用の機械が入っているのだから、結構広い田
んぼだ。
そこで1列分、苗を入れる籠を腰にぶら下げな
がら、前へ、前へと進み、ひたすら手植えしていく。
5月下旬、学生が手植えで田植えをしたが、「きつ
い!」と何回も言っていた。

午後4時をまわった頃だろうか。
僕はAさんと2人だけで山を降りて、四ッ廻り
という場所での田植えをした。ここの補植をし
ているときに、腰のだるさを感じ始めた。

この日の作業終了は6時近く。
まだ明るいが、陽は沈みつつあった。
その直後に電話で話した村会議長曰く、「田植え
は腰にきますからね」。

この「田植え記」を書いているのは、3日の朝
5時過ぎから8時頃にかけて。
腰に痛みはない。依然として上腕部の内側に少し
張りがあるが、足は大丈夫。
今日は極野の山菜祭に招待され、明日は役場で
用事。
明後日から、毎朝・毎夕、「水見」だ。
これこそ米作りの本番だともいえる。

(松尾記)


写真@ 僕の田植え姿です


写真A 僕が田植えした後の田んぼ


写真B 1日の最後の作業場から下方を望む


写真C 
1日の午前、2番目の作業場の田んぼを下から眺める。
こういうかなりの高低さガある所を順次、田植えしていく。


写真D 
この日のいくつかの作業場所の
中間地点から千曲川を挟んで向かい側の山を写す。
この写真で、この日の作業現場の標高を推し測ってください。



写真E 写真Cの地点から千曲川(写真中央部)を望む

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