青倉米直売の基本姿勢について

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栄村ネットワーク
(正式名称:栄村と都市を結ぶ学びのネットワーク)
松尾 真

黄金色の田でどんどん稲穂が刈り取られていく。
稔りの秋、収穫の秋です。
秋の田んぼは遠くから眺めると、さながら黄金色の絨毯のようで、周辺の山の緑の中にくっきりと浮かび上がります。私は、夕陽が田の水面に映る、そんな田植え直後の田んぼや、稲が生長し、一面がグリーンになる7月頃の田んぼが大好きですが、
しかし、黄金色の田もまた格別のものです。
さて、そうして収穫されたお米(青倉米)をみなさんにお届けします。
青倉米の直売は2006年秋から始まりましたが、それが一挙に拡大したのは2008年に入ってからのことです。まだまだスタート地点についたばかりともいえます。


08年産米をお届けするにあたって、私が青倉米の直売に携わる基本姿勢・考え方をお伝えし、皆さま方のご理解をいただければと思い、以下の小文を記しました。いささか長く、「こんな文章を読んでいるよりも、まずは炊きたてのご飯を食べたい」と思われるのはごもっとも。ちょっとした時間のあるときに、目をお通しくだされば幸いです。はじめから順番に詠み進まれるのではなく、中見出しに興味がもてるところから読んでくださるのでも結構です。
それではよろしくお願いいたします。


1. 栄村ネットワークは受託作業班の
   お手伝いとして米の直売を担います


私は、任意団体「栄村と都市を結ぶ学びのネットワーク」の青倉米販売担当として、青倉米の直売に携わっています。
普通の商品取引の場合に翻訳して説明しますと、"生産者"である青倉受託作業班から100俵なら100俵の玄米を収穫時に一括して買い付け、それを「栄村ネットワーク」で1年間保管し(在庫)、毎月、毎月、"消費者"であるみなさんにお届けするわけです。
こういう仕事をするのは、普通は、米の仲買人、そして米の小売販売業者ということになります。
しかし、「栄村ネットワーク」は米の仲買人でもなければ、米の小売販売業者でもありません。
あくまでも青倉受託作業班が青倉米直売の主人公で、「栄村ネットワーク」はそのお手伝いをする存在です。ただ、メンバーのほとんどが勤め人である受託作業班が直売に関する種々の仕事をこなすことには困難があるため、もともと栄村と都市を結ぶことを目的に作られた「栄村ネットワーク」が担うにふさわしい仕事だと考え、購入者のみなさんとの連絡、お米の発送等を行なうことになった次第です。
ただ、そういうことを担うにあたって、収穫の段階で「○○俵の青倉米を直売する」と受託作業班に請合い、約束した以上、その約束を全うすることを明確にするため、「○○俵」の青倉米を「栄村ネットワーク」が買い取り、「生産者価格」2万1,500円×○○俵=△△万円を作業班に支払うことにしています(ただし、支払いの原資があるわけではないので、4回に分けて支払い・精算します)。ですから、普通の米販売のあり方からすると、「米仲買人」のような存在として映るわけですが、「栄村ネットワーク」はそういう存在ではなく、上に述べたように、あくまでも青倉受託作業班のお手伝いをする存在なのです。


2. 青倉のような山村とその暮らしの持続を願っています

では、なぜ、「栄村ネットワーク」は、そして私は、青倉受託作業班のお手伝いをするのか。
その直接の理由は上に述べたとおりですが、より深くいえば、「青倉のような山村とその暮らしの持続を願う」からです。
私は、青倉の暮らし、青倉という山村に、21世紀の人類社会の1つのモデルがあると考えています。いま大きな問題となっている地球環境破壊や食料危機などの問題は、青倉のような山村を大事にし、青倉のような暮らしを守っていくならば、かなりの程度まで解決できると思うのです。
もちろん、「青倉は完全無欠の理想郷」なんて言うつもりはまったくありませんが、第1に、「自分たちが食べるものは自分たちで作る」という暮らしがあります。

"百姓"とは
青倉の人たちの多くは自分たちのことを"百姓"と呼びます。しかし、ほんの数人を除けば、いわゆる「専業農家」はいません。いわゆる「兼業農家」が基本です。
日本の農政をめぐる議論の中では、長年にわたって、兼業農家は日本の農業の発展を阻害しているガンであるかのように扱われてきました。たとえば、「兼業農家は宅地転用で儲けるために土地の値上がりを待っているだけで、そのために農業の大規模化が遅れる」というように。しかし、青倉の「兼業農家」は土地の値上がりを待っているわけではありません。都市部から遠く離れた栄村では住宅地開発などとは無縁です。
青倉の「兼業農家」は、所得の過半以上を勤め先からの給与所得から得ている場合でも、その基本はサラリーマンではなく、「俺は百姓だ」というところにその基本があります。田んぼで米を作ることが"暮らしの一部"なのであり、百姓のかあちゃんたちは「せっつえもん畑」と呼ばれる、わずかばかりの畑で自家で食べる野菜のほとんどを作ります。"百姓"という言葉には色んな意味合いがあるようですが、私の理解では、農作業をはじめとして自らの暮らしに必要な多種多様な仕事をこなす人、それが"百姓"ということなのではないかと思います。
私は2005年の夏から栄村に通うようになり、昨年4月からは村に住むようになりましたが、道普請や水路普請(農道維持や水路維持のための集落の共同作業)に出るとき、感心することがあります。路肩が崩れている道を重機をも駆使してさっと直してしまう人、鉈を使って結構太い木を伐り倒したり、木を削り、必要な道具などをいとも簡単に作る人、・・・。暮らしに必要なことの多くをどんどん自分の力、技でやっていってしまうのです。都会で暮らす人であれば、これは電気屋さん、これは水道屋さんと、いちいち、専門業者にお金を払ってやってもらう仕事の多くを自分でやってしまうのです。
そうした暮らし方の中心にドーンと座っているのが、私は米作りなのだと見ています。

自然との交わりの中の暮らし
そういう暮らしは自然との不断の交わりの中で営まれていて、環境破壊と言われるほどに自然を痛めつけるようなことはありません。同じ青倉の暮らしでも、昔のそれと比べれば、いまの青倉の暮らしは、たとえば山から肥料や燃料にする落ち葉や枝木を採ってくるというような自然との交わりはなくなっていますが、それでも山中を流れ下る水路の維持・保全作業等、自然の中での営みによって米作りを可能にしています。
そして、青倉の自然との交わりの最たるものはなんといっても冬の雪との付き合いでしょう。京都などで、「いま、栄村はどれくらい雪が積もっているの?」と尋ねられて、「いまはあんまり多くない。2m弱くらいかな」と答えると、「エーッ、2m?! そんなところじゃ暮らせない」と言われます。機械除雪がなかった一昔前ならいざ知らず、いま、青倉の人は2〜3mの雪の中だからといって「暗い暮らし」をしているわけではありません。雪掘り(栄村では「雪下ろし」とか「雪かき」とは言わず、「雪掘り」と言います)はたしかにきつい仕事ですが。12月半ばから、遅ければ4月まで雪の中の暮らし。しかし、この雪があればこそ、いい水で美味しいお米ができるし、美味しい山菜を食べることができます。春の木々の芽吹き。これも長く、厳しい冬があればこそ、「新しい命のはじまり」を人びとに告げ知らせ、人びとに新たなエネルギーを充満させるのです。4月下旬から5月上旬にかけて、青倉の人びとが雪の消えた大地に鍬を入れるときの、あの嬉しそうな、そして生命観溢れる顔は本当に素晴らしいものです。

21世紀社会のモデルの1つ
私は、都市部に暮らす人たちすべてが都会的暮らしをやめて、みんな田舎に移り住むべきだとは思わないし、そのようなことを言うつもりも毛頭ありません。
しかし、ここまでに述べたような青倉という山村の暮らしを「遅れたもの」としてきた近代(現代)日本社会の価値観は誤りだと断じます。そして、こういう山村が面積では日本全土のほぼ過半を占めていながら、そこに暮らす人の人口は日本の人口全体の1割にも満たないという現在の日本社会の姿は異常なものだと思います。
21世紀の人間社会のあり方を考えるうえで、青倉のような山村とその暮らしにまなざしを向け、そこから多くのことを学ぶという姿勢が必要だと強く思います。そして、こういう山村とその暮らしが持続できるように、日本の社会や経済のあり方を変えていかなければならないと思うのです。


3. 大きな意義をもつ受託作業班の活動

さて、私は青倉のような山村が持続することの積極的な意義について語ってきましたが、しかし、その持続は容易なことではありません。いま、農山村では過疎化・高齢化が進み、集落の消滅すらが現実となっているところも少なくないからです。青倉(−栄村)もけっして例外ではありません。

青倉集落とその米作りの現状
栄村には31の集落がありますが、その過半以上がすでにいわゆる限界集落になっています。青倉は村の中心部に近く、比較的大きな集落で、「限界集落」という言葉とは無縁のように思えます。実際、日々、青倉の集落にいて、「限界集落」ということを肌身で感じることはありません。しかし、人口構成だけを見れば、すでに65歳以上が集落人口の50%を超えています。そして、子どもは中学生が1名、小学生が3名、保育園児が5名に過ぎません。
そして、現実的に深刻な問題としてすでに浮上しているのが田んぼ(農地)の維持の問題です。青倉には約24haの田んぼがありますが、その大部分を70歳以上の高齢者が担っています。すでに80歳を超えている人もいます。集落の中で最も多くの田んぼ(約2.4ha)をやっている人は今年75歳です。

青倉受託作業班結成の経緯
青倉受託作業班は、そういう困難な現実をのりこえていこうと発足したものです。
中山間地域直接支払制度というものがあります。山間地などの条件不利地域に交付金を交付し、耕作放棄地の発生を防止しようという国の制度です。しかし、この直接支払制度には一定の要件をクリアすることが求められます。対象地が一定のまとまりのある圃場であることが求められ、その圃場で耕作する人たちが協定を結ぶことが必要なのです。その期間は5年間で、もしその5年間の間に、耕作放棄者が出ると、それまでの交付金を全額返還することが求められます。
2005年、向こう5年間の青倉集落協定を結ぼうとしたとき、高齢者の中から「5年間続けられる自信がない。途中でやめて迷惑をかけるといけないから、協定に加わらない」という声が出てきました。しかし、その人たちが抜けると、「一定のまとまりのある圃場」という要件を満たせません。
そこで、青倉の若衆(わけしょ)16名が「高齢者が続けられなくなった田んぼは俺たちが引き受ける」として、受託作業班を結成し、青倉の集落協定の成立を可能にしたのです。この若衆(わけしょ)は一人を除いて農家の息子ですが、そのほとんどが勤め人などで農業者ではありません。田植えや稲刈りなど、農作業が忙しいときに親父の手伝いをすることはあるものの、米作りの「素人」たちです。その「素人」たちが、青倉の米作り、農業の危機を前にして立ち上がったのです。
2006年、受託作業班は初めて作付けをしましたが、秋の収穫は1反(10a)当たり4俵。平均単収(8俵)の半分でした。翌07年は約6俵。そして、今年2008年、平均収量の線に到達しました。
ほとんどのメンバーは勤めがありますから、受託作業班の農作業は土日とちゃめ仕事(朝5時頃から7時頃までの朝食前の作業)が主です。たとえば畔草刈りなどは朝5時から行なって、8時過ぎにはみんな職場に向かいます。水見(田んぼの水が充分かどうかなどの点検)は、当番のメンバーが朝の出勤前と、職場から帰宅した後の夕刻に行ないます。
水見などは無償の作業です。しかし、すべてを無償でというわけにはいきません。田植えや収穫などの作業には当然のことながら作業賃の支払いが必要です。その原資は中山間地域直接支払制度の交付金を除けばありません。交付金は条件不利の補整を行なうものにすぎませんから、その額はわずかで、作業賃支払いの原資としては到底足りません。作った米を売って得られる収入が大きな位置を占めます。
私は、この青倉受託作業班の活動を2006年の春に知りました。当時、私は月に1回、栄村を調査研究のために訪ねていましたが、作業班のメンバーと出会い、「秋にとれるお米を京都で売りましょう」と約束しました。現在の青倉米直売の始まりです。

全国的に見て稀有な存在
青倉受託作業班の取り組みは全国的にみて、ほとんど前例のない画期的なものです。農家の息子は自分の親が農作業を続けられなくなった時点で個々に家ごとに「跡を継ぐかどうか」を問われます。それに対して、受託作業班は、個々の家単位ではなく、集落全体の現状を直視し、個々の家で後継問題を問われる時期に10〜20年先行して、"跡継ぎの決断"に踏み込んだのです。
「受託作業」ということ自体は全国的にみてけっして珍しいことではありません。しかし、全国各地で見られるものは専業農業者が受託するもので、大規模農業化への過渡と位置づけられるものです。それに対して、青倉の受託作業班は専業農業者ではありません。また、大規模農業化をめざすものでもなく、青倉に続く「暮らしの一部としての米作り」の継続・持続をめざすものです。言いかえれば、山村としての青倉の暮らしを守るものだと言えるでしょう。
私は、ここに青倉受託作業班の大きな意義を見出し、2.で述べた「青倉のような山村とその暮らしの持続」を願う活動として、青倉米の直売に協力していくことを志しました。


4. 都市の暮らしの見直しを促したい

もとより、青倉米の直売に携わることで私がやれることなど、青倉の山村らしい暮らし、米作りを持続可能にしていくことの求められることの全体像からすれば、微々たるものです。それでも、青倉米の直売に懸命に取り組もうとするのは、「情けは人の為ならず」という格言通り、じつは自分(たち)自身のために必要なことだと思うからです。
私は、いま、都市の暮らしを根本的に見直すことが必要だと強く感じています。
みなさんは、昨今の世界的な金融危機をみて、なにかおかしいと思いませんか。一言でいえば「マネー・ゲーム」によって世界経済が成り立っているというのが、いまの日本、そして世界の現実です。「マネー・ゲーム」を批判する人も、基本的には「マネー・ゲーム」に支えられた景気を前提として、なにがしかの所得を得、そのカネでひたすら消費をしています。そして、事故米の食用米への転用等によって「食の安全」を脅かされています。
都市は一見華やかですが、その実はコンクリート・ジャングル。そこで自然と向き合うことのない生活を営み、モノを作るという営為と切断された消費のみを繰り返す。こういう私たちの都市的暮らしが行き着いたところが、じつは「マネー・ゲーム」なのではないでしょうか。
青倉米は精米で10kg5千円。べらぼうに高いというわけではありませんが、けっして安くはありません。しかし、その価格の中に、「お米を作るには、どれだけの労力等が必要なのか」を一人一人が真剣に考える契機となるものがあると言えるのではないでしょうか。これはほんのささやかなことです。しかし、こういうことを真剣に考えれば、その安全性が大きな問題になっている中国産の農産物や食品を大量輸入する日本の現実を変えていく手がかりが得られます。また、モノを作ることを忘れ、「マネー・ゲーム」に明け暮れる現実のおかしさに気づき、変えていくことにも通じるはずです。

青倉米の購入をきっかけとして、東京・駒場保育所のみなさんのように田植えや稲刈りにも参加して、自然と向き合いながら農作業することの喜びを感じとる、あるいは、農作業は困難な高齢者の方でも青倉・栄村を訪れて自然や山村の暮らしとの交わりを思い出す……。そういうことにつなげ、都市的な暮らしの見直しが始まれば、というのが私の願いです。
青倉米をめぐるむらと都市のお付き合いが、いきなり「Iターン」などに直結するわけではありませんが、東京・名古屋・大阪の三大都市圏に日本の人口の過半数以上が居住し、他方、日本の面積の過半近くを占める山間地に暮らす人々は人口のわずか4%ににも満たないという日本の社会のあまりのアンバランス、この現実を変えていく第一歩を創り出したいと思うのです。


5. 価格、配送態勢等について

以上、青倉米の直売に関する活動の背景にある状況や思いを述べてきましたが、青倉米の価格や配送態勢等について、以上に述べた状況・思いからご理解をいただきたいと思います。
まず、価格については、受託作業班の米作りの農作業に見合う米価格の実現に一歩でも近づけるということが基本にあります。生産者たる受託作業班に1俵(玄米)2万1,500円を保証することが第一です。仮に08年の直売量が100俵だとして総額215万円です。215万円というのはたしかにそれなりの額ですが、16人のメンバーの作業賃ということを考えれば、1俵2万1,500円はけっして高い価格ではないと思います。
そもそも、これまでコメの価格には農家の労賃は計算に入れられていません。家族労働が基本だからというわけです。しかし、それでは日本の農業が続けられるわけがありません。
さて、青倉米の精米価格は1俵当たり、精米で3万円、玄米で2万7千円です。作業班への保証価格との差額が8,500〜5,500円あります。100俵ですと、85〜55万円です(正確にいうと、精米すると分量が玄米から1割ほど減るので、8,500円×90俵=76万5千円が差額の上限になります)。一見すると、これは「儲け」のように見えますが、「儲け」はありません。お米の保管や発送に要する経費を賄うので精一杯です。
たとえば、今秋、「栄村ネットワーク」はお米の低温保管庫を購入しました。約50俵を収蔵できるものですが、価格は48万9千円。長野県の「地域発 元気づくり支援金」事業に採択されましたので3分の2は県からの交付金で支払えます。しかし、残りの3分の1、約17万円を上記の「差額」から確保しなければなりません。また、発送には精米、袋詰め・箱詰め、伝票作成等の作業が必要になります。08年産米では年間100俵規模の直売ですので、私一人ではやりきれません。村で暮らす若い人に作業のお手伝いを頼みます。毎月少なくとも2日間×8時間の作業が必要で、千円×16時間×12ヶ月で約19万円となります。さらに送料の当方負担分があります。また、「おたより」の制作費、通信費も必要となります。まだ細かな計算まではできていませんが、おそらく「収支トントン」も厳しく、「栄村ネットワーク」で行なう他の事業からの収益(と言っても、わずかなものですが)からの繰入も必要ではないかと思います。
今年初めに直売の規模が広がって以降、とにかく青倉米をみなさんにお届けすることに精一杯で、「経営」的なことを考えたり、データを集計・分析したりする余裕はほとんどなしに、ここまで突っ走ってきました。これからは、データの集計・分析等の作業も行ない、みなさんにもできるだけデータを公開して、「むらと都市の交流」の発展にむけての共同活動の内実を充実させることができるように努力していきたいと考えています。
以上の趣旨をご理解いただき、青倉米直売の活動への一層のご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。


(この小文へのご意見等を是非、お寄せください)

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