************京都精華大学生が稲刈りにトライ************

京都精華大学は今年8月、栄村で「国内現地研究」を初めて実施した。

そのプログラムに参加した女子学生3名が、9月28日、
栄村青倉集落のあるお宅を訪れ、稲刈り作業にトライした。

8月に訪れた際に村の店で買い求めたモンペをはき、
慣れない手つきではあるが、はぜかけなどの作業に取り組んだ。

以下は、参加学生の手記。(写真)

 

************稲刈り体験記 田中美奈子************


8月の栄村での約束

9月28日。8月に栄村を訪れたときに「是非稲刈りにおいで」と誘われてから、
1ヶ月間、この日をどれだけ楽しみに待っていたことだろう。
この日は、私を含め3名の女子が青倉集落の「さくら」さん宅を訪れた。
前夜は大粒の雨が降り、「もしかして稲刈りができないのではないか」と
ひやひやしていた。だが、そんな心配とは裏腹に、
霧がかってはいたものの、空は見事に晴れ渡っていた。
早速、この日のために買ったもんぺを履き、帽子をかぶり、準備と気合は万端。
だが、あいにく前日の雨のせいで田んぼについてからすぐには稲刈りができず、
私たちの1か月分の気合は空回り。




はぜかけ

「稲刈り」は、すべて手で刈りとるのかと思っていた。
だが、私たちがお手伝いさせていただいたところはそうではなく、
手押し式の稲刈り機で刈り取る方式だった。
それでも、稲刈りから脱穀までを
一気にやってしまうコンバインとくらべると「旧式」で、手作業の割合が多い。
機械を進めると稲を機械に取り込み、ある程度の本数を刈りとると、
稲を束ね、紐で縛ってくれる。そして、束ねられた稲が機械の脇から倒れ出てくる。
稲刈り機を進めるごとに黄金色だった田んぼから稲が消え、土が見えてきた。
私たちの仕事は、刈り取られて田んぼにごろんと
横たわる稲の束をハゼがあるところまで運び、はぜかけすること。
三人がかりで稲の束を集め、運ぶが、相手は機械。
私たちが何度往復しても稲の束はこれでもか、これでもかと田んぼに横たわる。
初めて持つ稲の束の重さに驚いた。想像していたよりも重く、
頑張っても六束くらいしか抱えることができない。
もんぺを履き、軍手をし、帽子をかぶり、首にタオルを巻き、長靴を履き、
と装備は完璧に思われたが、私たちはひとつミスをしていた。
それは、顔をタオルや手ぬぐいなどでガードすることだった。
腕に抱えた稲の稲穂が顔にかかり、「かゆいー!」と
言う声が田んぼに何度も響きわたった。私たちは"稲かぶれ"を
だいぶ甘くみていたのだ。そしてハゼかけ。刈り取られた稲の束を
真ん中で二つに分ける。そしてそれをハゼにかけていくのだ。
稲を天日干しするのとコンバインで乾燥させてしまうのでは
コメの味がだいぶ変わってくるという。このハゼかけがまた大変であった。
最初は稲の束をうまく二つにねじり分けることができなかった。
うまくいけば自然分けられるはずなのに、どうしても不自然に分かれてしまう。
不自然に分かれた稲の束だと、ハゼに引っかかってしまう。
ハゼの下に稲の束がどんどん山積みにおかれていく。
稲の束をとるためにしゃがむ。そして、ハゼの上のほうに
稲の束をかけるために身体を伸ばす。この作業の繰り返しなのだが、30分くらい
続けているうちに腹筋と背筋がまるで筋肉痛かのような痛みを訴えだした。




うまく刈れない

いくら稲刈り機で稲を刈るといっても、田んぼの角や端に
育った稲は機械で刈ることができない。
そこで、私たちが思い描いていた手刈りを体験させていただいた。
稲の下の方をしっかりと持ち、稲刈り鎌で"さくっ"と刈りとる。
「さくら」さんの奥さんが刈ると"さくっ"と一発で刈り取れるのだが、
私たちがやろうとするとどうしても一発では刈り取れない。
"さくっ"という軽快な音どころか、"ざくっ、ざくっ、ざくっ"と鈍い音がして、
あきらかに一発で刈り取れない。そして、刈り取った稲を束ねなければならない。
そこで登場するのが藁だ。藁を何本か手に取り、ばらばらの稲を束ねて結ぶ。
奥さんがお手本を示してくださったが、お手本のように上手くはできない。
「もう一度教えてください」と頼むと、「これは身体で覚えるものだからね」と言われ、
教えていただいたポイントに気をつけてひたすら挑戦する。
が、なかなか上手く結べない。
どう見てもこのままじゃ藁がゆるんでしまうだろうというような結び方しかできない。




一輪車との悪戦苦闘

ハゼのある田んぼからちょっと離れたところの稲を刈るとき、
手で稲の束をハゼのある田んぼまで運ぶのが大変なので、
一輪車を使って運ぶことになった。これまで一輪車を動かしたことなどない。
それなのに稲の束をどんどん載せて、重くなったものを
運ぶことなんてできるだろうか。不安を胸に一輪車を持った。やはり、重い。
想像したとおり、うまくバランスが取れずに酔っ払いのような
ふらふらした足取りになってしまう。
なんとか一輪車を押していたが、下り坂という最大の難所が訪れた。
一歩間違ったら、稲ごと全部ひっくり返してしまう。そうならないようにと、
一輪車を持つ手に力が入る。
「手に汗握る」というのはこういうことを言うのだろう。
おそるおそる坂を下り、ハゼのところについたときには、
手につけた軍手が汗で少し湿っていた。
これが今回体験した稲刈りの中で一番神経をつかった作業だった。
お昼をはさみ、午後も稲刈り作業は続いた。少しずつ慣れてきたのだろう。
藁で稲を結ぶ手際もよくなり、稲の束も多く持てるようになり、
ハゼかけするために稲の束を二つに分けるのもきれいにできるようになった。
ただ、一輪車は、押すのはうまくできるようになったものの、
坂を下る作業だけは慣れずに、最後までぎこちなかった。



変わった「お米との距離」

はじめての稲刈りは気合が空回りしたところからはじまった。
すべてはじめての体験だったが、終わったころには
「まだできる」「まだやりたい」と三人ともが思っていた。
私たちが普段見る米は、精米された真っ白い米粒だ。
生産者のことを思い浮かべることはこれまでなかった。
だが、今回このように稲刈りを体験したことで、
私たちのなかに少し変化が生まれた。米と私の心理的距離がぐっと縮まり、
ごはんを食べるときに今までのようにただ口にいれるのではなく、
米のたどってきた道などを考えるようになった。
来年は、田おこしの時期から米作りの全過程を体験してみたい。
そのために、今から、へばらないような身体づくりをしておきたいと思っている。

(田中美奈子:京都精華大学人文学部環境社会学科2回生)

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